夏は悲しい。夏の始まりの生暖かい風も悲しいし、夏の真ん中の焼け付く暑さも悲しい。夏の終わりの少しだけ温度を落とした風も悲しい。夏は悲しい。

そうごくんが外へ出てから二時間がたった。朝の十時頃にふらりと外へ出て行ったそうごくんを私は洗濯物を両手に見かけた。わたしは十二時を指すとけいを見て、そうごくんを思った。土方さんは、子供じゃねえんだからあいつは。とそうごくんを気にする私に少し笑って言って仕事をしていたけれど。そうごくんは19歳だ。19歳のそうごくん、19歳だから。
そうごくんは今日はサボりでなく、非番の日だから誰も駆り立てて探すことはしていない。19歳のしょうねんが明るい時間に二時間出かけたくらいじゃ誰も何も気にかけない。けれど、そうごくんはしょうねんだ。おとなじゃない。

お昼の素麺を茹でて、透き通った器に氷と水を入れて、そこに素麺を流し込む。綺麗だなあ、しろ、とそれと透明と、あお、氷と水が少し歪んで物を移すけれどその色はとてもきれいだ。きらきらしてる。そうごくんみたい、だな。めんつゆを5本と取り皿を63枚大きくて長い机に置いて、集まってきたみんなを見て 割烹着で手を拭きながらわたしは時計をみる。一時だ。しんぞうが静かに動いてる。それはなんともなく動いてる。速くも無く、遅くも無く。いっこずつ。そうごくん。



「そうごくん、」

「総悟ならどっかで食ってくんだろ。非番なんだし。」

「そうだよちゃん、どうしたんだそんな顔して。」

「そうごくん、」

「あ、ちゃん、」




私は割烹着を畳へ置いて、庭用のつっかけに足を入れて縁側からそのまま外へ出た。そうごくん、を探さなくちゃいけない。隊士の何人かが何事かとこっちを見ている。副長と局長は私に何か言った気がするけれど、なんにもわからなかった。屯所で一番大きな木の下を通って門を出る。水色の空と暖かいような、あたりすぎると少し寒く感じるような夏の風の中、わたしは走った。着物のあわせが邪魔をしてうまく足が前に進まない。それがひどく苦しかった。はやく足が前に出て欲しくてもどかしくて、そうごくん、かこんかこんとつっかけが音を立ててそれがひたすらに切なかった。そうごくん。
白いシャツ一枚で暑そうにするおじさんの氷屋さんにも、猫背のおばあさんの傾いた駄菓子屋にも、優しい匂いのする茶色いお茶屋さんにも、仲良しのおじさんとおばさんのお蕎麦屋さんにもそうごくんはいない。そうごくん、どこいるの。そうごくん。私はなんだか泣きたいわけじゃないのに気持ちが溢れてきて胸がどうしようもなくこみ上げて、素麺の氷を思い出した。そうごくんは19歳で、ぜんぶを素直に映してしまうひとだから、全部受け止めてしまう優しいひとだから、だからあのひとは脆い。


そうごくん、どこいるの、


そうごくんはきれいだ、ぜんぶきれいだ。どうしてそんなにうつくしいのだ。君は、私は、苦しいよ、そんなにうつくしい君が、悲しんでいるのを見るのが。いつだか言ってた、近藤さんが。じゅんすいさ故の脆さと、じゅんすいが故の悲しみ。そう言っていた。それはそうごくんに向けられたことばだったのかもしれない。私はそのときただ、なんてうつくしくて儚くて、切なくて悲しい言葉なんだろうとおもった。そうごくんはいつだってじゅんすいで、うつくしすぎた。だから、悲しいんだよね。そうごくん、
はあはあ、息があがる。私が苦しいの胸だけで、ほかの部分は全然苦しくないのに息があがった。そうごくんは、もっと、苦しいね。そうごくん、私はまだ走る。


風が止んだ。私は不安になった。この世になにも無くなった気がして。時間が止まってしまった気がして。風が止んで音がなにもしない。暖かい空気がそこを動かないだけの中、私だけが走った。走って、走って、そうごくん。いけない、はやくしなくちゃ、風が、風が動かない。私はたまらなく不安にかられて、のどが湿った気がした。どうしてだろう、この空間が怖かった。このあまりに素直でうつくしい町が。そうごくん、暑いね、それとも、さむいかな、すこし。







「そうごくん、」

「・・なんでェ。おまえか、」

「うん。」

「何してんだこんなとこで。」

「そうごくん」

「なんでェ。」

「帰ろう。」






公園の大きな緑色の木の下に、彼はいた。そうごくん、
その下のベンチに腰掛けて。私にはまだ背中しか見えない。そうごくん、見つけた。よかった。よ。そうごくん。




「帰らねェ。」

「いっしょに帰ろう。」

「なんでェ、俺は今日非番だ。」

「帰ろう、一緒に。」

「お前、なに言ってんだよ。」




その背中は本当になんにんものひとを斬りつけた、真選組一番隊長沖田総悟のものなのだろうかとおもってしまうほど華奢で、頼りない、消えゆきそうな19歳のしょうねんの背中だった。






じゅんすいさ故の脆さと、じゅんすいが故の悲しみ。








「帰ろう、一緒に、」

「うるせーな。」

「そうごくん、帰ろう。」

「うるせェー。帰らねえ。」

「そうごくん、」





貴方は、うつくしいね、君は、うつくしいよ。







「あいしてるよ。」












私はたまらなく心が切なくて、うつくしい君がいとしくてたまらなかった。あいしてるよ、たまらない。たまらなく、あいしている。こんなににんげんをあいするのはこれで最後だろう。こんなにも、いとしいひとが、いるんだね。









「なに言ってんだ。がきのくせに。おれよりも、いちねんも。」

「それでもあいしてるよ。」

「うそつけ。」

「ううん。あいしてる。」

「うそだ。」

「あしてるよ、そうごくんがいとしいよ。どうしようもないよ。泣きたい、」

「うそだ。」

「あいしてるよ、こころから、わたし、そうごくんのことを。」





「おまえなんて、大嫌いだ、」




私とそうごくんはこの公園で一度も触れ合っていない。指いっぽんも。それでも誓える。あいしているよ、そうごくん。








じゅんすいさ故の脆さと、じゅんすいが故の悲しみ。







「おまえなんてだいきらいだ、どっかへ行け。」

「そうごくん、あいしてる、すきよ、すきよ、すきよそうご。」

「だいきらいだ、はやく、どっか、行け。」







そうごくんはやっぱりうつくしく泣いた。わたしも泣いた。たぶん、背中ふるえてたから、そうごくん、泣いていたと思う。うつくしいよ、きみはなによりも。わたしはそんなきみをあいしてる。

そうごくんは何度もきらいだ、きらいだ、と言って、わたしは何度もあいしていると言った。