夏の声がし始めた6月、じっとりとした空気をかき分けどもかき分けども一向にどこかに行ってくれる気配は無い。 もしかしたら俺はこのままこの暖かい空気に飲まれてしまうんじゃないか、柄にもなくそう思った。 息苦しい、息苦しい、畳の上ごろんと身体を投げ出している俺はまさに無気力そして無抵抗だ。(今なら、総悟に簡単に殺されそうだ。) ふ、ふ、と途切れ途切れにいつもより重い肺を動かして息を吸おうとするがこの部屋の空気は周りより薄いのだろうか?上手く吸えない。 苦しい。 ふ、 ふ、 今日は久しぶりに仕事が休みで、こんな明るいうち(まだ10時だ、)から畳の上で横になっているというのに、なんだか変だ。 なんなのだろう、?ダレきっているのになんだか張り詰めている。すごく気持ちも身体もゆるいのにどこか張り詰めているのだ。 こうして目をつぶってみると昨日までの騒がしさが嘘のようだ。今まで俺は何人斬って、どのくらいの血をあびたのだろう? ふと今まで考えもしなかった事を思い出しうっすらと目を開け指をおって数えてみる。いち、にい、さん、しい、ご、 片手の指全部を折り曲げてしまったので、今度は折れている指を一本ずつ開いていく。ろく、なな、はち、きゅう、 あと一本で手のひらを広げきる所まで数えてハッとした。覚えていない。覚えていないのだ。初めて人を斬った時の事から最初の九人は覚えている。 人を斬るということはあの頃の俺にとって恐ろしくもあった。 それがどうだろう?九人目を境目にパッタリとわからなくなってしまったのだ。十人目、十人目、どんなに目を細めて考えようとも十人目の顔は浮かんでこなかった。 どんな状況で斬ったかも覚えていないのだ。もしかしたら十人目を覚えていないだけかもしれない。そう思い十一人目を思い出そうとするがこれもまた全く思い出せない。 なら、十二人目、・・・・思い出せない、 そんなことを繰り返し十八人目までやっていくとさすがに気がついた。俺は九人目までしか覚えていないのだ。そう考えるとどんどん怖くなってきて昨日斬った人間を思い出そうとする。 これくらいは覚えているだろう、・・・、・・・・、・・・・・・、だらりと俺の額に乗りきらなくなった汗が頬に垂れてきた。思い出せない。 昨日斬った人間すら覚えていないだなんて、いつの間にか人を斬るということが単調な作業と化してしまっている自分に焦った。(まずい、ますい、) そこまで考えついて余計に息苦しくなるがまだ身体はダレきっている。気づけばさっきまで動いていたはずの腕、指すらも動かない。 この平穏で穏やかな日和の中、俺はその平穏で穏やかな生暖かい空気に飲み込まれそうで怖くなった。俺は今まさに無抵抗なのだ。怖い、怖い まるでとても優しい笑顔で追い詰められているかのようだった。それがこんなにも恐ろしいだなんて今まで気づきもしなかった。 いつ飲み込まれるのだろうか?何人もの人を斬ってきた自分がこんな所で恐怖を感じるだなんてなんて滑稽なのだろう。 しかし怖いのだ。この穏やかさが、平穏さが、まるで全てはりぼての様にも思えてきた・。 斬った人間すら、何人の人生を奪ってきたかすら覚えていない自分が命乞いをするなどおこがましいことぐらいわかる。 それに今までどれだけの場面においても武士たるものいつでも命を落とす覚悟はできていたはずなのに、この暖かさは人をおかしくする。 そう思うとあまりにも奇妙な平穏な暖かい風によりいっそうの恐怖が生まれた。 ドクン、ドクン、 「土方さん、」 「・・・!!」 は、とした。目の前の襖がガラリと開き、たくさんの洗濯物を抱えたが入ってきたのだ。 その瞬間さっきまでの息苦しい空気はすごい勢いでどこかへ消え、かわりに心地よくてさわやかな風が部屋いっぱいになった。 息苦しさも、もうない。 「具合でも悪いんですか?」 がそう言って俺の額に張り付いた前髪をすくい上げて額に手を置く。 ひんやりとして、ふわりと洗剤のいい匂いがした。 「すごい汗、」 すこし顔をしかめては洗濯物の山の中から一枚のやわらかいタオルを取り出した。そしてそのタオルで俺の額の汗を拭きはじめた。 「土方さん、?大丈夫ですか?」 心配そうにの頭の横で正座をして俺を覗き込むに安心した。ほっとした。自然と顔が緩んだ。 「大丈夫だ。」 「そうですか?なら、いいんですけど・・・」 「悪いな。」 「え?」 「そのタオル、せっかく洗ったのに。」 「いいですよ。タオルってこーやって使うものなんですから。」 ふふふ、と笑うにどうしようもなく安心している俺がいた。こいつはすごい。もしかしたらある種、俺の精神安定剤なのかもしれない。 これもまた、柄にも無くそう思った。 「それにしても、変な日ですね。」 「あぁ?なにがだよ。」 「だって久しぶりに土方さんがお休みだからって来てみたら部屋で土方さん無気力に倒れてるし、それに、」 「それに、なんだよ?」 「謝ってくるなんて、」 「てめっ、」 そこまで言うとはクスクス笑い始めた。口では怒ってみるけれど俺も自然と笑っていた。 それから「さて、と」と小さく呟きは洗濯物をたたみ始めた。その様子を横で仰向けのまま見ている。 「・・・・・わ、」 「うるせ、」 「・・・・いいですよ。別に。」 そんなの膝の上に頭をのせる。いつもの俺じゃあ絶対にしない事だ。 なんだかすごくに甘えているみたいで恥ずかしい。 「土方さん、今日は甘え、「いうな。」 「・・・・はいはい。」 くすりと笑っているであろうの膝の上に顔を埋めて思う。 本当に、柄でもねえ。 ああ、ほっとした。 |