今日の昼、知らないおっさんが道場に来てた。それから近藤さんと応接間で話をしていた。
それがなんだか気になって素振りしながら応接間のほうをちらちら見ていたら思いっきりすっ転んだ。(だせぇ!)
それからしばらくの姿が見えなくて仕方ねえから汚した着物を自分で洗ってみた。
そうしたらなんだか激しく伸びてしまった。(には秘密だ。)(ぶっ殺される・・!)

そのあとにこやかにおっさんは去っていって、門のところで近藤さんとが深くお辞儀をしていた。



はなんだか元気が無かった。すっかり伸びた着物を見ても怒らなかったし、なんだか悲しそうだった。







「なあ近藤さん、」

「ん?どうした?」

「昼間のおっさん誰なんだ?」

「あ、ああ。町のなあでっかい呉服屋の旦那さんだ、」

「ふーん。なんで、」


「お、いけねえ。飯の時間だ。行くぞトシ。総悟、」


「ヘーイ。」

「おー」




近藤さんになんで呉服屋のおっさんが訪ねてきたのか聞きたかったけれど、
近藤さんは飯だ飯だと言いながら足早に道場を後にしてしまった。
まあ、どうせ大人の話なんかつまんねえから別にこれ以上気にはならなかった。(いや別に俺がガキなわけじゃねえよ)



いつも通り晩飯を食ってその後、総悟とまた道場に練習をしに行った。
が後ろの方で「きちんとお皿をさげてから!」とか叫んでるけど気にしないで俺と総悟は道場の方へ飛び出した。(なんだはいつも通りだ)
そうだ。俺にはそんな無駄なことに使う時間は無いんだ。悪いな(男ってのは大変なのさ)
そんなこと考えながら走っていたら総悟がいきなり足を引っ掛けやがって俺は思いっきりすっ転んだ(本日二度目)
「土方さんダセェー!」そう言いながらあいつは道場に走っていった。ふざけんな!待て総悟!あいつは俺より年下だっていうことをわかってねえ!











道場には俺と総悟の音だけが響く。そういえばいつもはいるはずの近藤さんが中々来ない。
どーしたんだろ?







「おう総悟、」

「なんでサァ?」

「近藤さんどうしたんだろうな。」

「さァー。なんですかィ?土方さん寂しいんですかィ?」

「ばーか。違ぇよ。」











「どーだか」とか言ってる総悟が生意気だったから後ろから竹刀で叩いてやった。面!
















































結局最後まで近藤さんは道場に来なかった。
近藤さんがいなくたって俺と総悟のふたりで稽古ぐらいできるんだ。
少し得意げに風呂から上がって廊下を歩いていたら近藤さんの部屋から話し声が聞こえた。
近藤さんと、の声だ。




「いいのか?本当に、」

「ええ、いいんです。」

「断る事だって、」

「いいんです。とってもいいお話じゃないですか、」






なんだ?なんの話をしているんだろう?いつになく真剣な二人の声が気になった。
全然聞き耳なんて立てるつもりはなかったけれど、
仕方ねえ、これは別に聞き耳じゃねえ、聞こえたんだ。聞こえ。
そう自分を正当化させなが近藤さんの部屋の襖に耳を近づける。(つめてえ、)








「じゃあ、」

「はい。お受けして下さい。結婚のはなし。」

「わかった。」

「お願いします。」














一瞬、頭の中が白くなった気がした。結婚・・?誰が?が?
嘘だろ?なんで、そんな急に、







そんな、急に、








一番持って帰りたくない気持ちを胸の中に押し込めながら俺は足早に自分の部屋に向かった。
足の裏が冷たくてじんじんとした。
その日の夜、布団の中でいつまでも温まらない足とのことえを考えていた。
が、結婚、今日、来ていたおっさんが、縁談を持ち込んだんだ、そうだ、そうだ、
はそれでいいのか?そりゃああっちは金持ちで、此処よりもいい生活が出来るだろうし、水仕事もしなくていいだろうし、綺麗な着物も着れるだろうし、
けど、



けれど、



俺達はいないんだぞ。












その日の夜は眠れなかった。胸の中がどうしようもなく重たかった。足も冷たかった。







は、いなくなってしまうのか?







































「まーた汚してきたわね。」

「うるせー」






昨日のことがあってなんだかむしゃくしゃしてる所に喧嘩をふっかけられたんだ。買うしかないだろう。
そもそもお前のせいなんだぞ。わかってんのか馬鹿。





「全く。喧嘩するのはいいけどねえ、こう何回も汚してたら着るものなくなっちゃうんだからね。」

「うるせー」

「・・・・こんの口はぁー!」

「いででででででででででで!!ひゃめろ!」





が俺の顔を思いっきりつねりやがった。離せ馬鹿!
このくらい俺だって自力でどうにかできるけどな、お前みたいな女に手をあげちゃあ男としてみっともないだろ!
(そうだ)(できるけれどやらないんだ!)




「全く。ほら、脱いで。」

「・・・・」

「ほら、これ着て。」

「・・・・」




に差し出された着物をごそごそと着る。きっと洗い立てだ。洗剤の匂いがした。
は俺の着ていた泥だらけの着物を持って水がゆらゆらと溜まっているタライの前に屈んだ。
それから見るからに冷たそうな水の中に手を突っ込んでゴシゴシと着物を洗い始めた。
冷たそうだ。手が、
そういえば、の手はすごく荒れていたんだった。この仕事のせいで。
俺は縁側に座りながらの方を見ていた。冷たそうだ、



「なあ、」

「んー?なーにー?」

「おまえ、洗濯嫌いか?」

「なによいきなり。」

「いーから。」

「そうねー、みんなのを洗うのは嫌いじゃあないよ。」

「そーか。」





なんだよ。嫌いじゃないのかよ。本当なら、別に結婚なんてしなくていいじゃないか。
そうだろう。はずっと俺の着物をゴシゴシと洗っている。













「じゃあ結婚なんてしなくていいじゃねえかよ。」















あまりにもさり気なく、どうしてもに問いたかったことが口から出てしまった。
さっきまでみたいに喉で止まらなかった。
は小さく「ぇ、」と呟くといつもみたいにヘラッと笑いながら「なんだ、知ってたの。」そう続けた。






「なんで結婚なんて、」

「町の、大崎屋って知ってる?」


は俺の言葉を遮るように話し始めた。


「知らねえ、」

「すーっごくね、大きな呉服屋なの。」


呉服屋って、


「本当に大きくて、町の政治にまで口が出せる位なの。そこの息子さんがね、町でわたしに一目惚れしてくれたんだって。」


ドキ。とした。がそいつと結婚するのか、そう思うとまた体が冷えた気がした。


「お前みてーな女に一目惚れなんて、もの好きな奴だな。」


いつもみたいに振舞おうと焦ってしまう自分が嫌だ。そうやって無理に思ってもいないことを口走るんだ。
無理に、おどけてみるんだ。


「ふふ、ほんと、」


これもまたいつもみたいには怒るかと思ったのにちっとも怒らない。
、本当はおまえ、嫁になんか、行きたく、ないんじゃないのか・ ・ ・ ?






「わたしなんかに、一目惚れなんて、おかしいね、」

「・・・・」

「なんで、わたしだったんだろうとか、なんでお金持ちの息子だったんだろうとか、そう考えるとキリがないのよ。」

「・・・・・、」

「なによ、黙っちゃって。」





ごしごしごしごし、





「なあ、、」

「ん?」



ごしごしごしごしごし、




「・・・・行くなよ、」

「・ ・ ・ ・ ・ !」





は驚いたように目を大きくさせてこっちを向いている。
洗濯する手も止まってしまった。




「・・・ばか、いっちょ前に、」

「うるせー、俺だって、」





俺だって、男なんだぞ。





「全く何を言い出すかと思ったら。」



はヘラッと笑って「さー終わった終わった」なんて言いながらすっかり綺麗になった着物の水をパンッとはらった。
そして俺の目の前までやって来た。目の前のを見て俺は、

俺は、





ショックだった。は俺よりも全然背が高くて、大きかった。
俺を見下ろすは、俺よりも七つも年上なのだ。そんなことわかっていたのに。
いずれは抜かすつもりの身長も、時間がかかりすぎる。

ちくしょう。ちくしょう。













「俺は、お前より小さいけど、いつかはお前を越すんだぞ。」

「・・・・うん。」

「俺は、お前より大きくなって、もうガキじゃなくなるんだ。」

「・・・・うん。」

「だから、」

「・・・・ありがとう。十四郎くん、」






そういっては座り込んで俯いてしまった。微かに声が震えて、肩も震えている。
俺が大人になるまで待っていてくれよ、そう言ったらは行かないでいてくれるのだろうか?
俺の身長が急にぐんと伸びることは無いのだろうか?
どうして俺は今、こんなにもちっぽけなのだろうか?
この目の前の女を上手く慰められない自分がやはりお前はガキなのだと現実を突きつけられるようで苦しかった。



どうしようもない事が多すぎて俺はツンとする鼻で、目から何か零れ落ちないようにすることに必死だった。
どんなことだって、どうにでもなると思っていたのに、どうしようもないこともあると思い知らされた。










なあ、行かないでくれよ、本当に、頼む。
お前がいなくなったら誰が飯をつくるんだ?誰が、誰が洗濯をするんだ?
なあ、












見上げた空は嫌味なほどに雲ひとつ無くて清々しかった。


















うつむいているは泣いているのだろうか?がもう少し早く大人になれたらよかったのに、どうしようもできない身長と歳を悲しく思うしかなかった冬の初め。




(いま思えば君だってまだまだ子供だったんだね。)


06.2.19