「うっ、・・う・・ひっ・・・ひん・・・」




わたしはもう何も考えられない。頭が完璧にやられてしまった。真っ白だ。心なしか耳も遠くなっている気がする。
目の前の雨と暗い空とそれからワーワーと騒がしい現場を見つめる。
真撰組、という命のやりとりを常とする職場で、女ながらも隊士として就任した日に、ここはこういうところなんだと理解していたつもりなのに、それはあくまで現実を知らない、覚悟の無い子供のような理解だった。

そりゃあ毎日命のやりとりがあったわけじゃないし、本当に大きな事件が起きなければ私たちは単なるおまわりさんなのだ。
平和で、まるで家族のように笑いあって、大切にしあって、こんなにも素敵な職場は無いとさえ思える。
それが大きな事件や凶悪な事件が起こると、私たちは武装警察にたちまち姿を変えるのだ。なんて滑稽なのだろう。私たちは一枚ひっくり返せばとても物騒な集団なのだ。
それが例え、普段どんなに慈愛や、いつくしみ、愛、そういう心でできていてもだ。







だから、隊士の誰かがいなくなってしまうなんて事があっても、ちっとも不思議ではないはずだった。






「ひっ・・ひん・・・えっ・・えっ・・」







顔が冷たい。雨が私をどんどんどんどん濡らしていく。顔は涙だか鼻水だかでドロドロだ。
もうどうしようもなくて両手で顔を覆っていると、肩にこの場に似合わない温かさと独特の煙の匂いがした。






「さっさと中入れ。」

「ふっ・・ふくっ・・ちょ・・・・」




肩に隊服の上着が掛かっている。副長だ。嗚咽が混じって上手くまわらない口で淡々とタバコの煙を吐く目の前の人を声に出した。
それでも目からどんどん押し寄せてくる涙は止まらず、私の顔を汚していく。




「・・・・うっ・・うえ・・ずっ・・・・」

「中に入れって言ってんだろ。」





淡々と二度目の言葉を口にする副長に、ああこの人は本当に鬼のひとなのだ。そう思い、苛立ちと憎しみを感じた。








「へ・・・っ・へいき・・なんです、か・・・・?」

「何がだ。」

「ひ・・ひとり・・ひとりの・・ひと・・ひ・・人が・・死ん・・だんです、よっ・・・ば・・坂内・・さんが・」

「・・・仕方のないことだ。」








一瞬耳を疑った。あなた、昨日坂内さんと楽しそうに話していたじゃないですか。一緒にご飯を食べて、それから、それから、・・
一緒に、生きていたじゃないですか。
昨日まで私の横で笑っていて、ご飯を食べるときにはにこにこしながら沢山面白い話をしてくれた坂内さんが死んだ。
先ほどの不法滞在の摘発及びテロリストの隠れ家への突入で。向かってくる人をどんどん切りつけ、大丈夫ですか?!そう叫んだ私に「大丈夫!」そう叫んだ矢先だ。
後ろからひと突き。
一瞬何が起こったかわからなかった。わかりたくもなかった。坂内さん!そう叫んだ瞬間にはもう坂内さんは崩れ落ちながら、そして苦しそうに笑って「やっちまった。」そういって倒れてしまった。
心の中でなにかが大きな音を立てて崩れていった気がした。いや、実際になにかしらが崩れただろう。苦しい。私が入隊して初めての隊士の死だった。
いつもいつも一緒にいた家族だ。大切な家族だ。そんな坂内さんには美しい恋人もいた。それを考えると更にやりきれなかった。
残されたひとは何にすがればいいのかわからず、途方に暮れそうだった。







「・・・・仕方の・・ないっ・・こっ・・こと・・って・・・!?そん、な・・・」

「事実だ。」




スパーと煙を吐くこの男を殴りつけてやろうかと思った。許せない。人の命をなんだと思っているのだ・・坂内さんを・・なんだと・・・



「し・・しんじ・・・られっ・・・ない・・・!ふ・・副長は・・ばん・・坂内さんの事を・・いったい・・なん、だと・・!!」



思いっきり睨みつけて叫んでやった。もう思いのまま、思ったことしか口からは出ない。






「へい・・平気なんです・・か?!ふく・・ちょうは・・・人の、命を・・なんだと思ってるんですか!?副長は・・死に慣れているんですか!?わたしは・・・!わたしは・・・あなたの様には・・なりたく、ない・・・!」





大分嗚咽が収まってきた。それに反比例して副長をののしる声はどんどん大きくなる。止まらない。





「人の死を慣れることなんて・・・許せない・・!大切な人がひとり・・いなくなった・・んですよ・・・!副長にとっての坂内さんは・・・坂内さんはなんだったんですか!?最低です!副長なんて!最低!いったい・・仲間だと思っていたのは私たちだけなんですか!?」















「いい加減にしろ!」















おもわずビクッと体がこわばった。今まで何も言わずにタバコを吸っていた副長がまっすぐこっちを見て怒鳴ったのだから。
しかし私だってひるむわけにはいかない。ここでわたしが屈するわけにはいかないのだ。






「何がですか!!?まだ新入りの私に怒鳴られたことがそんなに腹立たしいんですか!?」

「・・・いいか・・・!ここはそういう世界なんだ!誰がいつどうなるかわからない。腕が無くなるかもしれない。足が無くなるかもしれない。死ぬかもしれない・・!そういう世界なんだよ!」

「それくらいわかってます・・・!」

「わかってねえだろ!俺達はなあ、家族したくて集まってるんじゃねえんだ!あくまで警察だ!武装警察として集まってんだ!そんな中に身を置いているやつ等はなお前と違っていつも覚悟の上で生きてんだ!それを哀れむだぁ!?ふざけるな!」

「・・・・・!」




心臓が跳ねた。そうだ・・ここは・・そういう世界なのだ・・・わかって飛び込んだのに、覚悟はできていたはずなのに・・入隊したあの日、私は命を国に奉げたのだ。
坂内さんだってそうに違いない・・・覚悟の上に生きていたのだ・・・

そんな覚悟を私はなんだと思っていたのだろう・・・・最低だ。








「いいか、俺が真撰組に入ってから37人の隊士が命を落とした。」



また心臓を掴まれた気がした。37人、それだけの覚悟の上生きた人間が死んだのだ。そしてそれを目の前に生きたのだ。副長は。
37人、人の死を慣れた人はこんなに細かな数字を覚えているはずが無い。頭がどくんどくんと波打つ。




「だがなあ、俺はそいつら全員、全員の死は無駄じゃねえと、無駄にしちゃならねえと思ってる。馬鹿みたいな泣き言と奇麗事でそいつらの命の価値を下げたくねえんだよ!国に命を奉げたやつ等の国の為の死を哀れむんじゃねえ!」





最後にいっそう声を荒げたあと副長はぽつりと、





「仕方のないことだ、」






そう苦しそうに呟いて私に背をむけてどこかへ歩いていってしまった。

私はただただ自分の幼さと、稚拙さとに腹立たしくて仕方なかった。どうして副長にあんなことを言ってしまったのだろう?あの人は私なんかよりもずっと坂内さん達の命を重んじて、死を悲しんだ。
私はそんなひとに何を言った?恥ずかしい女だ。ザーザーと降り止まない雨と灰色の空の下、そこに立っているのは誇り高い真選組隊士ではなく薄汚いただの"おんな"でしかなかった。

そう自分を卑下しながらもあの優しい家族がすこしずつ減っていって、いつかは終わりが来るということを信じたくはなかった。この期に及んでわたしはまだ覚悟などできていなかったのだ。





そして目の前を歩いているのは誰よりも武士であることを、隊士であることを誇りにする、誇り高い真選組副長、土方十四郎だった。

それから、もう一度顔を覆って大きく嗚咽をもらすしかないおんなもそこにはいた。苦しかった。












いつかは来る終わりとそれから涙と、







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書きたかったものとは全然違うものになってしまった・・・・

でもこういう命についてっていうのは、力不足でうまく表せないけどすごく重い。

いつかまたほかの形でも書いてみたいです。

お粗末な文で申し訳ありません。



06.3.23