「かえらはい。」

「いいから。お前。ほら。」

「かえはらい。」



こりゃもうどうしようもねえな。呂律の回っていない反抗に小さくため息をついて目の前でべろんべろんになって小さめのベンチに座るこいつに背を向けてかがむ。



「ほら、乗れ。」











12時30分を過ぎてあいつの部屋に電気がつかなかったら、探しに行く、そう決めた。12時25分、近所の小さめのアパートの角の部屋は真っ暗だった。
学生が馬鹿騒ぎしてる居酒屋なんて限定されてる。何件か目ぼしい居酒屋を回っていると三軒目でビンゴ。べろべろになったを見つけた。




「おまえさあ、どんだけ飲んだらこうなるの。」

「しらはひ。」

「他のやつらは。」

「しらはい。」

「中か?ちょ、お前そこで待ってろ。いいな、ちゃんと座っとけよ。すぐ戻るから。」

「やら。」

「はいはい。」




顔を上げずに駄々をこねる子供のように言うこと全てに反抗するを置いて、居酒屋の中のこいつの連れを探す。ひとり、ちゃんと呼ばれる子は何度か顔を合わせたことがある。
一気コールに異常な熱気。ああ若い頃ってこういう感じだったなあなんて少しだけノスタルジーな気分を腹の底に置きながら周りを見ると奥の小さな座敷にちゃんの顔を見つけた。
そこへ近づいていくとちょうどその中の男のうちのひとりが居酒屋に備えてあるサンダルに足を突っ込んでいた。瞬間、すぐにわかった。こいつだ。




ちゃん。」

「へ、あっ、坂田さん。」

「どうも。」


ほんのり赤く染まった頬で俺に気づいた彼女は目を丸くしてどうして?と少しだけ混乱しているような顔をした。


「え、っとあれ?どうして、」

「悪ぃな、のやつ、今日は連れて帰るわ。」

「あっ、え、あ、はい。」



誰?と小さく声がする。そのあとすぐにのお兄さんみたいなひと、とひそひそと続く。そりゃそうだ。保護者が合コンにお迎えってそりゃヒくわな。まわりだってぽかんとしている。でもそんなこたぁ気にしない。
俺は図太く生きてるんで。



「悪いね。また今度誘ってやって。」

「は、はあ。おやすみ、なさい・・・」



女の子だけの時にね、

心の中でそう付け加えて呆気にとられた顔をするちゃんたちに背を向けた。
サンダルに足を突っ込みかけている男の顔をちらりと見て、悪いな青年、そうあまり心には無いが一応胸の中で小さく呟いた。





「おら、帰んぞ。」

「かえらはい。」

「いいから。お前。ほら。」

「かえはらい。」



そういうことだ。しばらく黙り込むと背中が重くなったの感じた。


「しっかり掴まれよ。」

「・・・・・・。」

「ほらっ、落ちるぞ、あぶっねえ、ちゃんと手ぇ回しとけ。」


二度三度軽くはねる様にのバランスを取って歩き始める。しっかり掴まっとけ、そう言ったのにも関わらず二ほんのひょろい腕はだらんと俺の肩にひっかかっているだけだ。こんな風に、こいつをおぶったのっていつぶりだろうか。



「お前、なんでこんなになるまで飲んでんだ。」

「しらはい。」

「うわっ、酒くっせえ。」

「お酒のんだんらもん。」

「俺だってなかなかそんなになんねえぞ。」

「うそら、銀ちゃん、いつもベロベロだよ」

「うわ、ベロベロのやつに言われたよ。」

「らって、ほんろの。ことらも、ん。」

「あーわかったわかった。家まで30分くらいかかるから寝とけ。」


俺がそう言いおわるともうすでにすうすうと酒のにおいと寝息が聞こえた。はえーよ、寝んの。なんてちょっと笑って歩き出す。


もうそろそろ、夏も終わる、なあ。こんなに時間が経つのは早かっただろうか。子供の頃の時間の体感速度と、大人になってからの体感速度はかなり違うというようなことをむかしテレビで見た気がする。
なるほど、ずいぶん時間が経つのが早くなるわけだ。俺ももういい年だし、こいつもいっちょ前に酒飲んで酔いつぶれるようになった。ほんの少し前まで俺の袖を掴んで引っ付きぱなしだったくせに、身長も、随分伸びた。
いつも冗談めいているが、背中にあたる胸も大きくはなくともしっかりと膨らんだのだと。


「あーこんなこと言ったらセクハラとか言われるんだろうなー。」


独り言を呟く。周りは少しずつ静かになってきて川の横に出た。夏特有の虫の鳴き声だけがリンリンだかなんだか哀愁漂わせて鳴いている。



「銀ちゃ、」

「ん、ああ?悪ぃな。起こしたか?」

「銀ちゃん、」

「あーはいはい、どうした?」

「なんで、迎えに、きたの?」

「そりゃあお前、嫁入り前の大事なかわいいちゃんを狼どもに持って帰られちゃ困るからだよ。」

「銀ひゃん、わたしのことかわいいの?」

「かわいいですよ。」

「わたひのことだいじ?」

「大事だよ。」

「銀ひゃん、ずるひ、」

「はあ?何が。」

「ずるひよぉ、」

「だから、」


何が、そう続けようとすると後ろからずるずるっと鼻をすする音がした。






「なんれ、他のひと、好きにならへて、くれないのぉ、」





ずるずる、ずっ、と鼻水交じりの声がする。急に、体が自分のものではないようにちゅうぶらりんになるような感覚になる。






「なんれ、迎へに、きちゃったのぉ、」




ずるずる、背中から聞こえる呂律の回らない声に、悲しいとか切ないとかそういうこととはすこし違って、仕方の無いような変な気持ちで、ただぎこちなく「うん、うん。」と返事をすることで精一杯だった。








080815